2011年 10月 24日 ( 1 )

上町2/3

今回は、福昌寺の2回目。

福昌寺は、キリスト教との関連のある寺でもあります。
鹿児島は、1549年に日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの渡来地。
鹿児島滞在中は、島津貴久の命によってこの福昌寺が宿所として使われていたそうです。
当時の住持であった15世忍室和尚とかなり親しくしており、宗教論争を交わしていたそうです。
ザビエルは書簡で忍室のことを激賞していたとか。
また、歴代藩主の墓所の左奥に、キリシタン墓があります。
1870年の浦上四番崩れ(隠れキリシタンへの4度目の弾圧)の際、浦上(長崎市)のキリシタン収容所がこの福昌寺の跡地に建てられていました。
375人が収容されていたが、この地での待遇はかなり良かったらしい。
浦上に帰れるまでの間に病死した58人の墓が、キリシタン墓として残っています。
円柱のような墓石は、僧侶の墓。
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次回は、多賀山。
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by hana_dan6 | 2011-10-24 06:36 | 上町地区